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2018.06.29SPE

Special Interview vol.4
伊橋剛太 選手
『「伊橋はダメ」という立ち位置から
自分を変えたいと思ったんです』

7.10後楽園ホール
POWER HALL 2018 -Battle of another dimension-
特別企画 THE インタビュー 第4弾

1月14日におこなわれた長州力プロデュース興行第1弾のメインに長州&飯伏幸太とのトリオで出場しながら試合後、そのファイト内容から「おまえはダメだな。最後(メイン)に出ちゃいけない」「プロレスをやろうと思わない方がいい」などと長州の辛らつなダメ出しを受けた伊橋剛太(DDTプロレスリング)。その痛烈な言葉が大きな波紋を呼ぶ中、失意のドン底に落ちた伊橋はそれでも再び長州に自分のファイトを見てほしいと訴え、追加カードという形で藤原喜明との一騎打ちが第1試合に組まれた。悪夢と苦悩の果てに伊橋が選んだ道とは――あの日から現在にいたるまでの心境を赤裸々に語った。(聞き手・鈴木健.txt)

<ずっとプロレスをやってきた長州さんの言葉
だから、自分もやる資格がないと思いました>

――今回の一連の経緯について、改めて確認させていただきたいと思います。まず、長州力プロデュース興行第1弾へ出場するという話はどういった形で始まったんですか。
伊橋 最初は飯伏から聞いたんです。「1月14日に興行があるから一緒に出ようよ」という感じで、それが長州さんのプロデュース興行だとか、ましてや長州さんと組むなんていうことは何も言われなかったんです。
――ええっ、そこが一番重要じゃないですか。
伊橋 ですよねえ。でも、日にちは聞いたからその日を押さえるじゃないですか。そうしたら「1月14日の長州力プロデュース興行で長州力と飯伏幸太がチーム結成!」ってバーンと出て。もう一人が未定ってなっているけど…これ、俺!?って。半信半疑というか、一緒に出ようと声をかけておいてじつは僕じゃないとか、半分はそう思っていました。
――未定と発表されてから伊橋剛太と正式に発表されるまではそんな感じだったんですね。
伊橋 ドッキリじゃないかと思いつつ、本当だったらあの長州さんと組むわけですから「えっ!?」と思うでしょう。飯伏に確認したら「そうだよ、長州さんと組むんだよ」って言うんですけど、やっぱり現実味がない。伊橋剛太と正式に発表されても、まだあともうひとひねりあって、自分じゃない誰かに替わるんじゃないかって思っていましたね。それぐらいあり得ないですよ。私と長州さんが組むだけでなく、相手に藤波辰爾さん、関本大介さん、TAKAみちのくさんがいるなんて…。
――どうしてちゃんと長州さんと組むと説明しないんですかね、飯伏さんは。
伊橋 あいつのノリってそういうアレなんで、こいつニヤニヤしてんだろうなあとは思いましたけど。「この未定って、本当に俺なの?」って聞いた時のあのニヤニヤ加減ね。「そうだよ」って答えても、かえってウソっぽい。そんな調子だから、どうして自分だったのかいまだに聞いていないんですよ。飯伏が推薦してくれたのか、それともほかの誰かの目にとまったのか。
――長州さんと初めて顔を合わせたのは試合当日だったんですか。
伊橋 そうです。テレビとかで見ていた長州さんがそこにいるという感覚しかなかったですね。こちらから挨拶をさせていただいて「ああ」って返答されたのを聞いて、また「あの長州さんだ…」と。
――メインまで控室へ一緒にいたんですよね。
伊橋 いや、控室は別…だったかな? じつはあの日のことって、ボヤッとして記憶がハッキリしていないんです。細かく憶えていられないぐらい緊張していましたし、試合後のこともあったじゃないですか。バックステージで長州さんのコメントを聞いているところ以外は全部ボヤーッとしていて思い出せないんです。なので試合中も自分がどういう動きをしたかも思い出せなくて。ただ必死でしたね。あんなに一杯いっぱいになったことはそれまでなかったぐらい追い詰められていましたし。
――追い詰められたというのは、後ろに控える長州さんの存在がプレッシャーになったということですか。
伊橋 それもありましたし、興行のメインだし普段当たったことも組んだこともない人たちの中にいて…飲まれないようにと思って、アップしている間も落ち着かなかった。
――長州さんが怒った原因のひとつとして、試合中に笑いが起きたことだったわけですが。
伊橋 そういったリアクションも残っていないので笑いが起きた瞬間、自分がどう思ったかというのも出てこないです。ただ、長州さんと飯伏からゲキを飛ばされていたのは憶えています。リングの中で長州さんにストンピングされましたよね?
――されました。喝を入れる形で。
伊橋 いや、もうね…うーん、どうしたらいいんだ?っていう感じですよね。
――パニックになった?
伊橋 どうしたらいいかっていってもパニックになっているんで、思考が働かなかったんでしょう。それで体も動かない。
――そういう状況だったこともあったのでしょうが、長州さんから「いけ!」と指示を出されてロープ間を走って長州さんが押さえている相手に攻撃を加えようとしながら、うまくいかなかったシーンもありました。あそこは初めて組むだけにいけと言われても何をすればいいか、瞬時に判断するのが難しかっただろうなとは思います。
伊橋 今振り返って冷静になれば対応できたとは思うんですけど、いかんせんあの時は一杯いっぱいだったんで。確かに「いけ!」ってなんだろう?って思っちゃったんでしょうね。だからただ単に言われた通りロープへ走っていっただけのものになったんだと思います。
――そういう時に瞬間の判断力でちゃんとやれないといけないというのが長州さんの考えなんでしょうね。パニック状態の中でなんとか流れを変えようと、かわされはしましたがムーンサルト・プレスにいきました。
伊橋 記憶違いかもしれないんですけど、あの時に誰かが「(コーナーへ)登れ!」って言ってくれたんだと思います。お客さんの声援なのか、飯伏だったのかはわからないですけど。それでハッ!となって出した感じだったんでしょうね。
――試合が終わった直後はどんな気持ちでしたか。
伊橋 正直に言ってしまうと「終わったー!」と解放された感じでした。それほど気持ちが張っていたんで。だからこのあと長州さんに怒られるだろうな…という考えにまで至らなかったんですけど、ピリピリした空気が長州さんから出ていたのはわかりました。
――そしてバックステージでダメ出しのコメントが始まりました。それを隣で聞いているわけですよね。
伊橋 あそこで思っていたのは、申し訳なさでした。やっぱりこういう舞台に抜てきしてもらいながら不甲斐なかったことへの申し訳なさで、とにかく落ち込みました。
――学生時代ならまだしも、いい大人になってから公衆の面前であそこまでキツくダメ出しされ、叱られるというのはなかなかないシチュエーションです。
伊橋 ヘコんだって言っていいんですかね…ヘコんだって言ってしまうとなんか軽いものに受け取られてしまうんでアレなんですけど。本当に、プロレスを辞めようと思ったんです。でも、その後の試合も決まっているし…いったんはツィッターで「僕は辞めません」と出したんですけど、世の中に長州さんのコメントが出ると中には「よかったよ」と言ってくださる方もいましたけど「プロとしてどうなのか」という意見もあって、この姿で上がるわけにはいかないなと思ってガンバレ☆プロレスさんで決まっていた試合を辞退させてほしいと。気持ちの整理をつける時間がほしかったので、会社にも休業させてほしいと伝えました。
――辞めようと思ったのはこの状況から逃げ出したかったからですか、それともプロレスを続ける資格がないと思ったからですか。
伊橋 やる資格がないと思いましたね。長州さんの言う通り、お客さんの前に出て試合をしてはいけないんだなと。ほかの誰でもなく、ずっとプロレスをやってきた方の言葉ですから、そうなんだろうって思ったし、自分自身に対し情けなかったですし。
――それまでDDTでやってきたプロレスを思えば、必ずしも長州さんのプロレス観と合致するわけではないじゃないですか。
伊橋 うーん、確かに普段見せている笑いの部分があるのも僕はプロレスだと思っていますけど、そうじゃない部分も持っていないといけないんだな、そしてその部分が今の自分には足りていないんだなということを痛感したんですよね。
――キャリア9年目でそこに気づいたと。
伊橋 今まで気づいていなかったというよりも、自分の中で甘えちゃっていたんだと思います。ファンの皆さんが温かく見てくれていたので、そういう試合だけになっちゃっていましたよね。あの試合のあと、DDTの会見でも「伊橋がダメなことなんてわかりきっているだろ」という話から始まりましたけど、そういう立ち位置の人間であることに甘んじてしまっていたから、周りがそう見るのも当然だよなと。

<脱サラしてまで選んだプロレスラー
その情熱は今も持ち続けています>

――反響の大きさが凄まじかったじゃないですか。それこそこれまでのプロレスラー人生の中で最大でした。
伊橋 週刊プロレスの表紙になって、誰かから「おめでとうございます」って来たんですよ。それを聞いてまた落ち込みましたよね。「伊橋、キレられる」って出されて、めでたいなんて思えるわけないじゃないですか。試合の翌日ぐらいまではツィッター上の評価を見ていたんですけど、そのうちもう見たくないってなってしばらくツィッターから離れました。
――かつてないほどの厳しい言葉も並んでいましたからねえ。
伊橋 ホントに、消えてなくなってしまいたいなという気持ちでしたね。大家(健)さんが動いてくれなかったら、あのままこの世界からフェードアウトしていたと思います。
――ガンプロを欠場したあとの復帰戦の相手を務めてくれました。
伊橋 大家さん…熱いじゃないですか。そこに救われた…じゃないですけど、動かされましたよね。大家さんと闘ったあとにプロレスを続けて、もう一度長州さんの興行に出させていただいて変わったところを見せたいって思えるようになったんで。
――飯伏さんは動かないですよね、そういう時。
伊橋 飯伏は動かないです。たぶん、あそこで飯伏に「頑張んなきゃダメだよ」と言われても、動いていたかどうかわからない。近すぎるんですよ、たとえると安っぽくなっちゃうんですけど、親から勉強しなさいって言われている感じですよね、飯伏は。
――ああ、親に勉強しろと言われても聞かないものですよね。
伊橋 そうそう。大家さんにしたら私のことなんて知ったこっちゃないわけじゃないですか。なのに、こんなにも親身になってくれるんだって思いましたよね。飯伏は、僕が辞めるといっても「そうですか。わかりました」って言うと思うんです。それはこちらの考えを尊重してくれるという意味でなんですけど。
――あのう、飯伏さんとの関係を見続けてきている人たちは誰もが疑問だと思うんですけど、リング内外でぞんざいな扱いをされながらなぜずっと一緒にいるんですか。
伊橋 意外といいやつなんですよ。よく「幼馴染なの?」って言われるんですけど、そうではない。でも幼馴染の感覚ですね。一緒にいて当たり前という感覚に近いです。本当にヒドいと思ったら離れていますけど…ヒドいことされてます? 今回の件も僕の実力不足ですから。
――DDT4・1後楽園大会では「伊橋剛太試練の五番勝負第1戦」として金本浩二選手との一騎打ちが組まれましたが試合後、金本選手に「長州力が大嫌いやろ?」と振られて「大嫌いです!」と答えてしまいました。
伊橋 あれは金本さんの言葉に乗せられてしまいました! 嫌いってわけじゃなくて、自分が変われる転機をもらったという意味で感謝しているし、見返したいという気持ちもありますし。たぶん、今の時点では長州さんの眼中にさえないと思うんです。だから眼の中には入れさせたい…そういう対象ですよね。もちろん大会のその日に長州さんがモニターとかで試合を見てくれるとは限らないですけど、伊橋剛太について興味を持つように僕自身が持っていかなきゃいけないと思うんです。
――体重を30kg近く絞ったそうですが、それは1月の試合を踏まえてのことですか。
伊橋 そうですね。とにかく動きが悪くてスタミナもなかったという根本的な改善点を実感したので、トレーニング方法も変えて食事制限もして。まあ、もとが136kgだったんで重すぎたというのもあるんですけど。見た目はそんなに変わっているようには見えないと思いますが、自分としては全然違いますね。キレは絶対上がっている。
――半年弱で30kgの減量はすごいですよ。
伊橋 食事も見てくれる方についてもらって、たんぱく質と野菜…ホウレンソウとブロッコリー。朝は卵と野菜、鶏肉200g、昼は焼き魚と野菜、夜は胸肉250gと野菜とナッツ15g。これらに160gずつご飯があるっていう食生活です。エビスコ酒場(伊橋が料理長を務めるDDT直営店)でもお店の賄いは食べずに自分で持ち込んだ魚を焼いて食べています。
――1月前までのトレーニング量と比べると、どれぐらい増やしているんでしょう。
伊橋 ……10倍ぐらいですね。でも、量より姿勢が変わりました。あれがあるまでは、たとえば3分寝坊しただけで「今日は時間がとれないからトレーニングはいいや」ってサボっちゃうような調子でしたからね。今はどうしてもトレーニングができなかったらエビスコが終わったあと家に帰ってきて何かをやるとか。なのでトレーニングの内容も変わりました。
――姿勢だけでなく、じっさいに24時間の使い方が変わったということですね。
伊橋 それほどのことだったんです。見た目はあまり変わらないので伊橋は伊橋って見られていると思いますけど、私の中では日常からガラリと変わったんで。
――それほどやれば今は自信もついたのでは?
伊橋 いやあ、それが全然ないんですよ。五番勝負で当たった金本さん、ケンドー・カシンさん、それにマジ卍でやった坂口征夫さんと実力差がありすぎて、頑張った分の手応えがないんです。
――こんなに頑張っているのに!
伊橋 自分の中ではありますよ。動きやすくなったとか、前よりもバランスよく相手を上げられるようになったとか。あとは息が上がらなくなったのはではなく息は上がるんですけど、そこからも続けられるようになったのが大きな変化で。でも、見ている人にも伝わる形ではなかなか出せていないんですよね。勝てば自信になるんでしょうけど。
――そうした中で、7・10では藤原喜明選手との一騎打ちが組まれました。
伊橋 ……まあ、スタミナがついたとか動きがよくなったとかそういった次元でどうにかなるような相手ではないですよねえ。相手が関節技の鬼だからといって同じことをやったところでどうにもならない。一応、昔の映像も見たんですけど、見れば見るほどわからなくなってくるんですよ。
――会見で対戦相手として藤原組長が姿を現すや、伊橋選手の表情が固まっていました。
伊橋 あの時もやっぱり最初はファン目線で見てしまって、あの藤原組長が目の前にいる!っていう感じになっちゃったんです。でも、そのあとよくよく考えるとその人と自分が闘うんだよな…と。私のことをまったく知らないと言われていましたけど、それぐらいの認識でしょうね。そこを「ああ、そういうのがいたな」と思ってもらえるぐらいにはしたいです。
――伊橋選手はもともとサラリーマンとして働いていたのを辞めてまで、プロレスラーの道を選んだ方です。それだけでも並大抵の気持ちではなかったにもかかわらず、まだその思いが伝わっていない。
伊橋 18から25までサラリーマンとして働いて、もうプロレスラーとしての方が長くなりましたけど、あの時のプロレスに対する情熱は今も持ち続けています。ほかの人と比べたらかなり時間はかかりましたけど、伊橋はプロレスラーになったと言ってもらえるものを見せたい。そして僕自身も胸を張って、プロレスラーだと言えるように…その証明となるのが長州さんの言葉だなんて、本当に考えられなかったですからね。
――最後に、藤原戦発表会見のさい「自分にはいかなければならない場所がある」と発言していました。まだそれは明かせないとのことでしたが、その場所とはあの試合のあとに定められたのですか。
伊橋 はい。あの試合があったからこそ…自分がどうしてもいかなければならない場所です。そこにいき着くまでは、辞められないです。

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