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2017.03.30FIGHTING GIG DNA

”先を走り続けていた後輩の肩に手をかけた先輩”
4.21新宿、樋口vs勝俣戦の見どころを解説

「100万円に値する思いと経験で油断しない怪物を倒せるか!?」

文◎鈴木健.txt

新体制一発目の2・23新宿FACE大会にて“水差しアドバイザー”こと豊本明長さん(エントランス曲はブロック・レスナーの『Next Big Thing』)によって、しれっと発表された5・10後楽園ホール初進出。本体はもちろん、プロレスリングBASARA、ガンバレ☆プロレス、東京女子プロレスと現存する他のDDTブランドはすべて経験した中、2014年11月28日の旗揚げから2年半かけてDNAがようやく到達するステージだ。

そのメインの座は、3人に絞られた。昨年10月に開催されたシングルリーグ戦「DNA-GP」優勝の実績を買われる形で、マイク・ベイリーがまず選ばれる。その対戦相手を決める一騎打ちが、4・21新宿大会の樋口和貞vs勝俣瞬馬戦だ。

重要な後楽園初進出を前に、旗揚げ戦から線がつながった形となる。なぜならその日、勝俣は後輩の樋口に敗れているからだ。

まったくのヴェールに包まれていたDNA。2013年に入門した勝俣はそれに先立ち、翌年4月29日にDDT後楽園大会でデビューを果たしている。

体が小さいのは承知の上でこの世界を選んだが、あとから入ってきた樋口や岩崎孝樹、梅田公太、宮武俊がいずれも上背に恵まれているのを見て「これはヤバい」と思った。その予感は旗揚げ戦で的中する。

その日、樋口は梅田に勝ってデビュー戦を飾ったあとボーナストラック的に組まれたタッグマッチで勝俣をオリジナル技・轟天(カナディアン・バックブリーカーからのノド輪落とし)で叩きつけ、完勝をあげた。当たり前のような顔をして先輩を破ったものだから「とんでもない怪物がいた!」と報道陣が色めき立った。

DNA旗揚げ戦のインパクトは、樋口の存在そのものと表しても過言ではなかった。大いに顔と名前を売った怪物は、その後もDDT本体で新人離れした破壊力を発揮。デビューして半年後には団体の最高峰であるKO-D無差別級王座に地元・札幌で初挑戦し、王者・HARASHIMAに敗れるまで無敗を誇った。

それに対し、勝俣はなかなか上位陣に食い込むことができず前半の試合でくすぶっていた。昨年5月にアイドルユニット・NωAを結成し人気こそ上昇したものの、それによって自分を変えられたという手応えが得られたわけではなかった。

旗揚げ戦の結果は、団体の歴史が続くかぎり繰り返し語られるものである。そのメインで後輩に敗れたという事実は、どうやっても消せない。あの時の悔しさは沈殿した泥のように勝俣の内面へこびりついたまま、拭えずにきた。

そんな中、シングルによるリーグ戦の開催が発表された。樋口とは別ブロックとなったものの、勝ち進めば優勝戦で当たる可能性がある。新体制一発目で勝俣はコスチュームを替え上半身を披露したが、じつはこの時点でやろうと計画していた。

「上半身をあらわにすることで、自分に課すというか。見られているんだからちゃんとしなければという意識が働きますから、それでGPのタイミングでいこうと思ったんですけど…」

ところが開幕直前で右橈骨頭骨折を負い、無念の欠場を余儀なくされる。他のDNA勢が躍動する5日間を、砂を噛むような思いで見続けなければならなかった。自分が出られないのはもちろん、ベイリーに優勝を持っていかれたことも「なんでだよ!」と叫びたくなった。

DNAのためのリーグ戦なのに、DNA所属外の選手が優勝する現実…DDTでデビューしながら、その時点で勝俣は「自分たちの家」に対する並々ならぬ思い入れを抱いていた。

体が小さくともDNAのトップを狙うという意気込みの裏には、これほどの自身を突き動かす理由がある。鈴木鼓太郎との一騎打ちでジュニアヘビー級のプロレスを盗んだ勝俣は、3・14新宿大会でじつにジュニアらしい“やり口”により樋口から初勝利をもぎ獲った。

「僕はこの世界に入った時から自分より大きな相手と闘う宿命を背負ってやってきました。だからどうすれば倒せるかを日常の中で考えるのが当たり前になっているんです。本当に、そればかり考えています。参考になるものだったらなんでも採り入れようと、WWEでレイ・ミステリオがビッグショーに勝った試合の映像も何十回と見ましたね」

168cm・78kgのマスクマンが“世界最大級のアスリート”と呼ばれる213cm・195kgの大男から勝利をあげる現実が、本当に存在する。そこにはしっかりと“理屈”があり、なぜ小が大を制すのかが描かれている。

理屈は言語が違っても万国共通。ならば勝俣もそれを忠実に体現すれば樋口から3カウントを奪えるはず。体格差とパワーで圧倒されながらその瞬間を根気よく、粘り強く待ち続けた。

「最後のぶちかましを狙った時は、これで終わりだろうと思ったからいったのであって、あそこで丸められたのは今までなかったです。もう(勝俣が)動けないと思ったら粘った。本当に単純な結論なんですけど、油断してはいけないなと。余裕や油断がああいう形(逆転負け)になって、なるほどなあと思いました。やっぱり、プロレスラーとして闘うのであればそういうのは見せてはいけないんだなと、勝俣先輩に気づかされました」

“先輩”の部分を強調するかのように言ったあたり、してやられた!という樋口の実感がにじみ出ていた。勝利を確信し突進したところ、待っていたのはカサドーラ(飛びつき式前方回転エビ固め)。

丸め込みという、教科書通りの小が大を制す技。「立てない状態にまで追い込まれて負けたら諦めもつくし、次に頑張ろうという気になれるんですけど、自分は全然ピンピンしているんですから、悔しいというよりも気持ちのよくない負け方でした」と振り返ったように、樋口としてはこれまでに味わったことのないニガ味だった。

過去3度無差別級王座挑戦経験のある樋口だが、いずれも真っ向勝負の末の敗退。勝俣ほど体格差がなければ、相手の方がこうした小技で倒そうとは思わない。そこに盲点があった。

カサドーラは、勝俣がプロ入り初勝利をあげた技でもあった(2014年9月27日、ASUKA PROJECTの高橋匡哉戦)。DNA旗揚げから2年3ヵ月にして、ようやく後輩の肩に手をかけた先輩は「おい樋口! こんなんだけどおまえからスリー獲ったぞ! わかるか? おまえからスリー獲ったんだぞ」と、口当たりの悪い薬を飲み込ませるかのように同じことを2度言った。

“こんなんだけど”の言い回しは、その勝ち方を自ら卑下しているのではない。ジュニアにはヘビー級にはない、こんなジュニアの勝ち方があるということを伝えたかったのだろう。

あそこは「これがジュニアのやり方だ!」と言った方が樋口にはズシンと来たかもしれない。いずれにせよ、もはや先輩も後輩も関係なく一人のプロレスラーとして、勝俣は頭の上にある顔を堂々とニラみつけた。そこには旗揚げ戦のうつむいた視線はなかった。

「自分ってけっこうお調子者なところがあって、本当は油断もスキもある人間なんですよ。だから、俺はそういう人間なんだからという意識が頭にあるかないかの違いが結果に出てしまったと思っています。あの日はそれがまったく頭になかった状態でアホみたいにいってやられちゃったんで、次は自分を抑えることができる。油断も余裕も一切なくし、慎重に倒しにかかる樋口和貞が、勝俣さんの前にいると思いますよ」

たたでさえ強大なのに、開始のゴングから終了まで一秒たりとも油断しないと心に決めたとあれば、いつも以上の怪物と化すのは確実。ただ、勝俣も同じ手が二度通用するとは思っていないだろう。

油断がないのであれば、自分でスキを作るよう理屈で詰めるのみ。そうやってプロレスラーは1ミリずつ進化していく。何より、すでにDDTで後楽園のメインを経験している樋口とは、その位置づけが決定的に違う。

「DDTの総選挙で1位に選ばれて、賞金の100万円が手に入ったら何に使うかと聞かれたら『DNA後楽園大会をやる』って答えていました。それほどDNAとしての後楽園を僕はやりたかった。だから5月に初めてやると聞いた時は本当に嬉しかったし、DDTの後楽園でもセミにさえ出たことがない僕だからこそメインに出たいという気持ちは、誰よりも強いと思っています」

100万円をかけなくとも、DNAの後楽園大会は実現する。それは勝俣が、これまでの中で100万円に値する思いと経験を積み重ねてきたからなのだと私は受け取っている。

DNA旗揚げからその価値を上げ続けてきた怪物と、誰よりも深い思い入れを持つと自負する若者が、後楽園への懸け橋を渡る4・21新宿――だが、向こう側にたどりつけるのは一人。本当の意味で「全てを力に」できた方が、勝つ。

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